
最近、相続に備えて準備することを啓蒙するテレビ番組や雑誌が目立つようになりました。
その中でよく言われているのが遺言を残しましょうという事です。
それ自体は法律家としてもその通りだと思います。
では遺言を早速書いてみましょうと言いましても、中々一歩踏み出せないのが現状ではないでしょうか?
人間、知らない事を始めるとなると億劫になりがちです。
そこでこの記事では遺言の基礎についてわかり易く解説いたします。
この記事の目次
遺言とは?
遺言がない時
遺言がない場合には法律に定められた割合で遺産を分けていくことになります。
実務的には遺産分割協議をして相続人のうち一人に財産を集中させてしまう事が多いですが、
それはあくまで協議によってそうするのであって、原則は法定相続分での相続になります。
しかし、法定相続となった場合に不都合が生じる場合が多々あります。
例えば、長男がすでに亡くなっていてその配偶者が自分を献身的に介護してくれていた場合などは、
長男の配偶者は自分の相続人ではないため、遺産分割協議に参加できず、
遺産を取得することが出来ないのです。
その他にも、自分に相続人がいない場合財産は国に帰属することになります。
しかし、お世話になった人に自分の財産を挙げたいと思う事もあるでしょう。
そんな場合でも遺言がなければ思い通りの財産承継の形をとることが出来ません。
遺言がある時
遺言を残しておくことの意義はまさに、
自分の死後も自分の想いを財産に乗せて後世に残すことが出来る事です。
本来であれば自分の財産は自分で何もかも処分できるのはずです。
しかし、自分の死後は何も決めることが出来ないとなりますと、
自分で築いた財産であればあるほど不条理を感じざるを得ないでしょう。
そういった事がないように、遺言を残すことで、
自己の財産の処分方法を生前に定めておくことの意味は大きいでしょう。
法律もそのような人の意思を汲むために、一定の形式を定めて、遺言を残す道を用意しているのです。
遺言事項(遺言によって出来る事)
遺言で自分の財産について自分で決めることが出来ると書きましたが、
遺言によって何が出来るかという事は、実は法律によって決められています。
ですので、法律に定めがあること以外というのは、仮に、
遺言の中に書いたとしても法的効力を持ちません。
遺言によってできる行為というのは以下の通りです。
- 推定相続人の廃除、またはその取消
- 相続人の指定、または指定の委託
- 遺産分割方法の指定、または指定の委託
- 特別受益の持ち戻しの免除
- 遺産分割の禁止
- 遺贈の減殺方法の指定
- 相続人間の担保責任の指定
- 遺贈
- 財団法人の設立
- 信託の設定
- 認知
- 未成年後見人、未成年後見監督人の指定
- 遺言執行者の指定、または指定の委託
- 遺言執行者の職務内容の指定
- 祭祀後継者の指定
- 遺言の取消
- 生命保険金の受取人の指定、または変更
以上のように財産・身分について様々な事を遺言によってする事が出来ます。
遺言能力
以上のような法律の規定があるうえで、誰でも彼でも遺言をすることが出来るのかという問題があります。
法律には遺言が出来る(書ける)人はどういう人かという事についても規定があります。
先ず、遺言は何歳から出来るのかという事に関しては、明確に「15歳に達した者」
規定されています。
遺言を残すことの意味が自己の財産をいかに処分するかの決定にあるとするなら、
自分の書いたことの意味内容を理解出来なければ目的を達することが出来なからです。
次に、法律上各種の法律行為を制限されている人に関しては、
遺言をすることが出来るのか?という問題があります。
法律上の制限をされているものとは、成年被後見人、被保佐人、
被補助人です。
成年後見人に関しては、日用品の購入等を除いて原則、
いかなる法律行為も単独でする事は出来ず、成年後見人の代理によって行わなければなりません。
しかし、遺言をするにおいては医師二人の立会いのもと、
正常な判断が出来る状態に復していれば、単独で遺言をする事が出来ます。
あくまで正常な判断が出来る状態に回復していることが前提ですので、
非常に難しいですが、最低限の本人の意思の尊重(ノーマライゼーション)が確保されています。
続いて、被保佐人と被補助人に関しては法律行為に当たっては、
保佐人、補助人の同意を要するのが原則です。
ただし、遺言に関しては単独で有効にすることが出来ます。
遺言の方式
遺言は非常に重要な財産に関する意思決定をする機能がありますので、
その方式につては法律によって厳格に決められております。
その方式には様々なものがありますが、大きく普通方式と特別方式の
二種類に分けることが出来ます。
普通方式
自筆証書遺言
自筆証書遺言とは、遺言者がその全文、日付、氏名を自署し、
これに押印をしてする遺言書の形式です。
この自筆証書遺言のメリットとしては
- 自分一人でいつでも遺言を作成することが出来る事
- 遺言を残したことそれ自体を秘密にすることが出来る事
- 特段の費用が掛からない事
- いつでも好きな時に変更(書き直し)出来る事
上記の4点です。それに対してデメリットとしては
- 遺言を紛失してしまう恐れがある事
- 自身の死後、遺言の存在が気づかれにくい事
- 第三者による改変・偽造が可能である事
- 遺言内容の実現にあたり、裁判所において検認作業を要する事
- 内容・形式に不備がある場合、向こうになる恐れがある事
が挙げられます。
どちらにしても手軽さと引き換えに表裏一体のデメリットがあるという形になります。
公正証書遺言
公正証書遺言とは遺言者の意思内容を公証人が筆記し、
遺言者及び証人が内容を確認したうえで署名捺印をしてする形式の遺言です。
公正証書遺言のメリットとして
- 公証人及び専門家が作成にかかわるので、形式の不備を理由に無効になる事がない事
- 原本を公証人が保管するため紛失のリスクがない事
- 文字を書くことが出来な人でも遺言を残すことが出来る事
- 遺言内容の実現にあたり、裁判所による検認手続きが不要である事
それに対してデメリットとしては
- 証人を二人たてなければならない事
- 公証人、証人が介在するため遺言の存在、内容を秘密にしておけない事
- 公証人や専門家に対する報酬等の費用がかかる事
- いつでもどこでも遺言を書くことが出来る訳ではない事
というような事があります。
実務的にも、最も使われている遺言の形式だと言えます。
秘密証書遺言
秘密証書遺言とは自分で書いた遺言を封書し、その封書を、
公証人と証人2名の前で自身の遺言である旨を約し、
その旨を証明してもらう形式の遺言です。
少しわかりにくいですが、内容を伏せたうえで、その存在のみを証明してもらうという事です。
これにより、その遺言の作成者が誰であるかは争いの余地がなくなるというものです。
秘密証書遺言のメリットは次の通りです。
- 遺言書の内容が他者に漏れることがない事
- 代筆による事もワードで書くことも出来る事
- 作成者について争いが起きない事
それに対してデメリットは以下の通りです。
- 作成に手間と費用が掛かる事
- 遺言内容の実現には裁判所による検認手続きを要す事
- 証人2名を要し、遺言の存在自体は秘密には出来ない事
- 公証人において保管してはくれず、紛失のおそれがある事
- 遺言内容に不備がある場合、遺言が無効になる可能性がある事
実務的には秘密証書遺言をお勧めすることはなく、秘密証書遺言を利用する人自体も、
非常に少ないです。
遺言内容が作成者以外知りえませんので、有効でない可能性がある事は、
専門家として特段の事情がない限りお勧めしにくいというのが主な理由でしょう。
特別方式
特別方式の遺言というのは、交通事故などに会い突如として遺言をする必要があるとか、
長い航海の途中にある船に乗っているとか、隔離病棟に隔離されているとか、
かなりイレギュラーな状況下において遺言をするための物です。
小話のネタ程度にしかなりませんが、事故などで突如として死の危険にさらされた場合、
どの様に遺言をするかという事について定められた民法第967条の一部を抜粋します。
民法第976条1項
疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、
証人三人以上の立会いをもって、その一人に遺言の趣旨を口授して、これをすることができる。
この場合においては、その口授を受けた者が、これを筆記して、
遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、
各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。
どうでしょう?実用性は皆無だと思いますし、色々突っ込みどころが満載ですが、
法律には一応このような場合の事も細かく決められているのです。
遺言の取消
一度作成した遺言について、作成後の事情の変化などにより、
その遺言を撤回したり変更したりしたい場合、どのようにすれば良いのでしょう。
そういった場合、自筆証書遺言であれば、破棄してしまえばすぐにでも撤回は出来ます。
また、変更したい場合は新たに自筆証書遺言を作成し、以前の遺言は全部(または一部)
を撤回する旨を記述すればそれで足ります。
公正証書遺言については、原本を公証人が管理しているため、
破棄することは出来ません。
その為、撤回も変更も共に新たに遺言書を作成する事でしかすることが出来ません。
その場合、公正証書遺言の撤回や変更を自筆証書遺言でする事も可能です。
前回の遺言と全く同じ形式でする必要はありません。
しかし、上でも書きましたように、偽造、変造することが極めて困難な公正証書遺言を、
偽造変造の比較的しやすい自筆証書遺言によって変更や撤回をする事になるわけですから、
後に争いが起きる可能性が非常に高いです。
私は可能な限り、公正証書遺言の撤回や変更は公正証書遺言ですべきだと考えます。
遺言に関するまとめ
相続における財産承継に備える為に遺言書が担う役割は非常に大きいです。
相続税対策の意味でも、予め遺言をしておくことで得られるメリットは様々なものがあります。
平成27年1月1日以降の相続においては相続税の課税の範囲が広がっていますので、
遺言をしておいた方が利益になる世帯の数は拡大しています。
相続税の納税が必要になる世帯という事は、資産の構成は様々でしょうが、
資産がある世帯ですので、自ずと相続で揉める可能性が高まります。
俗に争続と言われていますが、そういった事も遺言の作成によって、
回避することが出来ますので一度考慮されてみてはいかがでしょうか?